労働災害 ゼロをめざして

持続可能な森林管理を実現するためには、森林計画を立てて森林作業を実行する担い手の確保が必要不可欠です。日本の林業労働力は、林業の衰退に合わせるように減少し続け、2020年には4.3万人にまで落ちています。一方、高齢化は進み2005年には65歳以上が28%を占めていましたが、2010年には21%まで減少し、2020年には再び25%に戻っています。

 林業が魅力ある仕事に変わらないことには、労働力の減少を根本的に止めることはできません。我が国では、林業は3K(きつい、きたない、きけん)の代名詞のような仕事と思われています。おまけに給料が安い。若い人たちが、このような林業に魅力を感じるでしょうか。なにはともあれ、林業労働者が安心して働ける安全な労働環境を実現することから早急に取りかかる必要があります。

図1 林業就業者数


 林業は労働災害の発生頻度が高く、2020年の死傷年千人率(労働者1千人あたりの死傷者数)は25.5‰(パーミル)であり、全産業平均の2.3‰の11倍に相当します。残念ながら、林業はいまだに日本で一番危険な産業という汚名を拭えずにいます。

 2001~2021年の22年間に発生した合計883件の死亡災害を作業別に集計すると、全体の60%を伐倒作業が占めています。日本の伐倒作業は、そのほとんどをチェーンソーに頼らざるを得ず、林業機械化による労働環境の改善が未だに進んでいません。

図2 死傷年千人率

図3 作業種別死亡災害

図3 作業種別死亡災害

労働三法

 日本は法治国家として、労働者の権利と安全を守るために、3つの法律と規則が制定されています。労働安全衛生法が施行されて以来、労働災害の発生数は劇的に減少しました。


① 労働基本法
  労働者の基本的な権利が謳われています。

② 労働安全衛生法(労安法)
  昭和47年(1972年)に労働安全衛生法が制定されてからは、労働災害を防止するために事業者(経営者、雇用者)が事業体(会社等)として果たすべき責任が明確にされました。

1. 事業場内における責任体制の明確化

2. 危害防止基準の確立

3. 事業者の自主的活動の促進措置

③ 労働安全衛生規則(労安則)
労安法の下で昭和47年(1972年)に同時に制定され、各 産業別に各作業の安全規則を詳しく決めています。林業においてはチェーンソー伐木作業の労働災害が頻発しているので、労安則の一部改正が平成31年(2019年)に行われました。

1. 伐木作業において受け口を作るべき立木の対象を胸高直径が40cm以上のものか ら20cm以上のものへ拡大

2. 立木の根元からその樹高の2倍に相当する距離を半径とする円形の内側において、当該立木の伐倒の作業に従事する労働者以外の労働者の立入りを禁止

3. 事業者に対するチェーンソーによる伐木作業を行う労働者への下肢を保護する保護衣の着用の義務付け


安全な労働環境を実現し、労働災害をなくすためには、林業事業体の経営者の安全に関する信念と事業体全体を導く強いリーダーシップが必要不可欠です。2018年に出されたISO45001(労働安全衛生に対する管理体制の規格)は、労働者の労働災害や職業病を防ぎ、安全で健康的な職場を提供することを目的として、労働安全衛生マネジメントシステム(OSH-MS)の要求事項を規定しています。その内容は、以下の特徴にまとめられます。


① 適用範囲の拡大と決定
 適用範囲を事業体内部の職員と労働者のみから事業体外部の関係者全員にまで拡げ決定します。

② 経営者によるリーダーシップの強化
 経営者のリーダーシップは、OSH-MSの運用を成功させる上で最も重要な要素です。 経営者は、事業活動とOSH-MSを統合するために、リーダーシップとコミットメントを積極的に発揮することが求められます。

③ PDCAサイクルにマネジメントの改善
 OSH-MSのアプローチはPDCAの概念に基づいています。PDCA の概念は、組織が継続的な改善を達成するために使用する反復プロセスです。次のように、管理システムとその個々の要素に適用できます。

④ パーフォーマンスの評価
 内部監査は、OSH-MSの適合度と有効性を判断するために、面談、書類・記録の確認、現場観察などにより客観的な証拠を収集し、明確な監査基準に基づいて判断します。 内部監査の情報を社内外に発信します。

⑤ 社内外のコミュニケーションの強化
 OSH-MSを効果的に推進し、外部からの意見に積極的に対応するためには、組織内外のコミュニケーションの仕組みが非常に重要です。経営者は内部および外部のコミュニケーションメカニズムを確立、実装、および維持する必要があります。


図4 PDCAサイクル

PDCAサイクル

労働安全衛生マネジメントシステム(OSH-MS)の下で具体的な労働安全衛生対策に取り組んでいくことになります。労働災害は、作業環境が不安全状態のところで、人間が不安全行動を取った時に、偶発的に発生すると考えられています。

 労働災害をなくすためには、起因物などの不安全状態を排除して労働環境を改善するとともに、不安全行動を根絶するための安全教育を推進する必要があります。労働環境から不安全状態をなくすために、すべてのハザードを特定し、それらのリスクを排除するための対策を検討する「リスクアセスメント」は非常に有効です。

 しかし、林業は製造業とは異なり、屋外の自然の中で作業を行う産業であるため、地形、季節、時間、天候、樹木、植生など、さまざまな要因によって労働環境が変化します。したがって、林業の労働環境からすべてのリスクを完全に排除することは不可能であり、労働者の不安全行動を減らすことに労働安全衛生対策のウェイトがかけられることになります。

図5 労働災害発生メカニズム

 労働安全衛生対策について、日本全国の林業事業体にアンケート調査を行い、2008~2010年の3年間で得られた有効回答794件について分析を行った結果、死傷年千人率に直接影響を与える安全衛生対策として、次の5つが明らかになりました。

* 指差し呼称

* 危険予知活動(KY活動)

* ツールボックスミーティング(朝夕のミーティングなど)

* リスクアセスメント

* 危険箇所への注意標識の設置

 厚生労働省は、不安全状態を無くして労働環境を改善するためにリスクアセスメントを全産業に推奨しています。リスクアセスメントは、ILO(国際労働機関)によって2001年に開発されたもので、職場の労働環境を改善するために、事業者が主体となって職場全体で行う対策です。基本的な手順は、以下のとおりです。

 ① 危険源(ハザード)を特定する。

 ② 特定されたハザードの重大性と発生可能性よりリスクを推定する。

 ③ リスクの大きさにより優先順位を付けてリスクの低減措置を実施する。

 ④ 対策実施後に再度リスクアセスメントを行い許容可能なリスク以下になったかを確認する。

 リスクアセスメントを効果的に行うためには、まず、これから作業に入る現場を作業班と管理者全員で視察し、作業の段取りを立てるとともにリスク要因の洗い出しを行うことが大事です。その上で、綿密な作業計画を立て、そこには労働災害発生時の対処の仕方も明記します。次に、作業計画が完成し、いよいよ作業に入る前に、作業班と管理者全員によるリスクアセスメントを行います。このことにより、作業班全員がこれから作業を行う現場のリスクを自分のものとして認識することができます。また、管理者側は作業現場の状況を正確に理解し、労働環境改善のための事業体としての対策をリアルタイムに取ることができます。


指差し呼称は、「目で見て、人差し指を差して、大きな声に出す」ことであり、安全確認不足による労働災害を防止するために推奨される効果的な対策です。視覚による確認だけでは見落としの危険性があるため、これに指差し動作と声出しを合わせることで安全確認をより確実なものとします。労働災害の多発する伐採作業では、伐採作業を始める前に周囲の安全確認(周り、ヨシ!)、上方の安全確認(上、ヨシ!)、退避方向の安全確認(退避場所、ヨシ!)を行うことが求められます。


ツールボックスミーティング(TBM)は、作業現場で工具箱を囲んで作業班単位で行うミーティングのことであり、班員の安全意識を高めるために効果的な対策です。特に、作業を始める前の朝のミーティングは安全作業を進める上で大事であり、その日の作業内容と作業段取りを確認するとともに、安全作業上の問題点や考えられる危険性を話し合い(危険予知活動)、服装と安全装備のチェックを行い、さらに班員の体調にも気をつけます。また、状況に応じて、昼休みと作業後にもミーティングを行うことが推奨されます。特に、ヒヤリハットが発生した場合は、作業後に必ずミーティングを行い、リスクの共有と対策を話し合う必要があります。