森林管理の理念とは?

人の生活が森林と密接なかかわりあいを持って営まれていた時代は、人と森林の関係は、持続可能な状態に保たれていました。森林から恵みを受けるとともに、森林を大切に手入れしてきました。そのような自然との共生社会が1950年台の第3エネルギー革命で崩壊すると、豊かさを求める人間の生活は森林や川から切り離されたものになってゆきました。

森林は木材を得るところという経済的な価値だけが重要とされ、杉やヒノキなどの針葉樹への人工林化が急速に進められ、森林の姿は大きく変わってゆきました。

その一方で、近年の地球温暖化による環境問題ならびに世界的な森林減少による生物多様性の劣化が問題になっていることから、森林の公益機能の発揮による森林生態系サービスに期待が高まってきています。

このように相反する森林管理への要望を踏まえて、これからの森林管理はどのようにあるべきでなのでしょうか?

ここでは、考えるべき森林の機能が多いことや、最近の森林に関する動きが目まぐるしいことも、この質問への回答を難しくしています。しかも、持続可能な森林管理の主体となるべき林業が、経済的に成り立たないという本質的な問題があります。すなわち、経済的な見通しがつかない中では、森林管理のこれからの方針が見いだせないという混沌とした状態にあるのです。

産業としての林業が追い求める経済性原理も、社会が求める公益的機能の発揮も、レクリェーションや森林セラピーとしての新たな利用も、森林を管理していく上でそれぞれ重要な要素には違いありません。しかし、時代時代に一つの要素だけに偏った見方で森林に接することで、私たちは森林管理の持続性を見失ってきたのではないでしょうか?

森林とかかわりあいを持ち、持続的に管理していくためには、技術論や方法論や政策論だけでは解決できない課題があります。日本の森林管理には思想がなく、林学には哲学がないと言われます。経済性原理による社会の変化に惑わされることなく、100年・200年の計を持って森林を持続的に管理するためには、森林所有者や森林計画の立案者から始まり森林作業を実行する作業員に至るまで森林にかかわる人が、しっかりした理念を持つことが望まれます。


森林管理の理念の基になるものとして、アルド・レオポルトが提唱した環境倫理に着目しました。

環境倫理は森林を木材生産の工場として見るのではなく、森林の樹木を中心とした動植物、昆虫、菌類まで含めた全ての生物の共同体、すなわち生態系として捉えます。その生態系の中で人は征服者ではなく、管理者であると考えられています。環境倫理では、生態系を健全に保つこと、すなわち森林を健全に保つことが尊重されるので、原生自然こそ手本とするべきで、生態系を破壊する皆伐は否定されています。

しかし、日本には原生自然が少なく、里山に代表される人によって改変された自然が共生社会として形成されてきました。その中で皆伐による人工林は、先人の努力による履歴として日本各地に残っています。日本では、人間が関わった自然を無視しては、環境倫理は成り立たなくなります。

そこで、この本ではグローバルには「森林を健全に保つ」という環境倫理の概念を尊重し、ローカルには「人間の自然へのかかわりあい」を尊重する日本の自然哲学に学ぶという姿勢で森林管理の理念を整理しました。

ここに、「森林に向き合う時間的ならびに空間的な概念」と「人間と森林との関係」を加えて、7つの理念を提案しました。


これからの森林管理を考えていく上での4つの視点
森林管理の理念を進めていく上で考えるべき4つの視点を提案します。これらの視点は何も目新しいことではなく、ごく当たり前のことであるにもかかわらず、これまでの森林管理と森林利用の現場ではあまり重視されず、実現されてこなかったことではないでしょうか。すなわち、これまでの森林管理の現場では、対象となる森林と森林を管理する主体となる人間が軽視されてきたことに他なりません。

  1. 森林生態系を重視し、面域の総体として生物多様性の時空間的な持続を目指す視点
  2. 森林の取り扱い方、路網の入れ方、作業技術にスタンダードなものはなく、その森林をよく知り、その森林に合った方法を選択することを基本とする現場重視の視点。
  3. 森林を管理するのは人間であり、森林にかかわる人間サイドに立って物事を考えるという良い意味での人間中心主義の視点。
  4. エネルギー革命以来、私たちの生活面で失われた森林とのかかわりあいを新たに再構築する視点。

森林管理の基礎理念である「森林を健全に保つ」すなわち「人工林の持続性と多様性」を維持するためには、「生態系の保全」、「経済的な持続」、「社会的な貢献」の3つの要素の持続と協調が求められます。いずれが欠けても森林管理、特に人工林管理は成り立たなくなります。


まず、「生態系の保全」がなければ、大元になる森林そのものが崩壊します。反対に、「生態系の保全」が担保されれば、森林の多面的な機能が発揮され、生態系サービスや森林サービス産業への展開につながります。


 「経済的な持続」がなければ、森林管理の主体となる経営者が破産することになります。やはり「経済的な持続」の主体は、これからも変わらずに建築・建設用材にあると思われますが、木材価格の飛躍的で恒常的な上昇は期待できず、用材収入だけでは「経済的な持続」は難しいと考えられます。これから、用材以外のマテリアル利用やバイオマス利用の可能性が高まり、サプライチェーンの改革によりカスケード利用がますます進んでいくものと思われます。また、これらの販売収入以外に、森林サービス産業や企業のCSR等を含めた外部資金の導入を幅広い視野で捉えて、総合的に「経済的な持続」を進めていく姿勢が求められます。
 

「社会的な貢献」では、森林の公益的機能の促進による生態系サービスの提供、ならびにその森林を管理するための実際の作業を行う林業労働力の雇用の拡大と継続が考えられます。森林管理の実務には、高度な知識と経験が求められます。このように優秀で貴重な人材を労働災害で失わないように、職場の労働安全衛生をしっかり行う必要があります。


それぞれの持続的なマネジメントについては、ISOの各種マネジメントシステムが参考になります。森林マネジメントシステムを実施していくにあたり、最後に3つのポイントを示します。


森林管理の理念を実現していく上での3つのポイント

  1. 森林管理にスタンダードな方法や技術はなく、現場をよく知った上で、現場に最適なものを選択すること。
  2. 森林管理を実行する際には、「なにが大切か?」ということを常に自覚すること。
  3. 森林管理の正しい理解を一般市民に広めること。